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<番外編> 明日香と母 2

last update Last Updated: 2025-07-05 19:34:19

 明日香の母――麗子が、恋人を作って突然家を出て行ってしまったのは明日香と翔が7歳の時だった。

それは本当に突然の出来事だった。麗子はたった1枚のメモだけを残し、実の連れ子の明日香を鳴海家に置いて新しく恋人になった年下の若い恋人と逃げてしまったのだった。

『ウワーン! お母さーん!』

まだたった7歳の明日香は母に置いて行かれてしまったことが悲しくてたまらなかった。この鳴海家は冷たい家だった。父は海外赴任させられ、厳しい祖父は明日香を邪険に扱った。

そして使用人たちからも明日香は軽蔑の眼差しで見られていた。

その中で、たった1人明日香の味方だったのが……血の繋がらない兄の鳴海翔だった。

『明日香、そんなに泣くなよ』

翔が明日香の頭を撫でた。

『うう……で、でもお母さんが……帰ってこないんだもの……』

明日香は母が唯一買ってくれたウサギのぬいぐるみを抱きしめたまま泣き続ける。

『う~ん。でも明日香のお母さんが何処に行ったのか僕たちは知らないからなあ。あ! そうだ、いい考えがある! 明日香!』

『何? 良い考えって……?』

泣きながら尋ねる明日香。

『明日香がほんの少し、怪我をしてみるといいんだよ。そして御爺様に言うんだ。明日香が怪我をしてしまったから、お母さんを呼んで欲しいって。そしたらきっと来てくれるよ!』

そこで考え付いたのが、家の階段から落ちて軽い怪我をすること。しかし、2人はまだ幼い子供だった。加減と言うものを知らなかった。

翔の言うがままに、明日香は無茶な高さから階段を落ちて……大怪我を負って入院する羽目になってしまった。

救急車で運ばれて行く明日香を翔は泣きながら見送り……それ以来翔は明日香を大切に扱うようになった。

しかし……大怪我を負った明日香のもとに、母は決して戻ってくることは無かった――

****

「ごめんね……こんなものしか出せなくて」

6畳間の古びた畳の部屋、小さな卓袱台の上にお茶を置くと麗子は明日香に謝った。

「ありがとう……」

明日香は湯呑を持ち、お茶を飲んだ。安い茶葉なのだろう。少しも美味しくは無かった。

部屋の中は殺風景だった。卓袱台の下にはラグマットが敷かれてはあるものの座布団すらない。

横置きにされたカラーボックスの上には恐らく一番小さなサイズの液晶テレビが置かれている。窓にかけてあるレースのカーテンは太陽の光で焼けたのか茶色く染ま
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    「こちらにレンちゃんの父親を名乗る人物がおります」レンの担任の先生が琢磨と舞を案内したのは園長室だった。ドアの前に立つと先生は小声で言った。「男性はかなり興奮しているようなので気を付けて下さい」そして頭を下げると足早にその場を去って行く。「く、九条さん……」舞が不安げに琢磨を見る。「大丈夫です、私が一緒ですから」琢磨は舞を心配させないように力強く返事をした。だが……。(相手は父親だ……。そして彼女は定職についていないフリーターでましてや独身。裁判所に訴えられれば父親の方に有利に事が進むのは目に見えている。一体どうすればこっちが優位に働く……?)「あ、あの……九条さん。中に入らないのですか?」「いえ、すみませんでした。行きましょう」琢磨は一度深呼吸すると、扉をノックした。――コンコン「本田さんですか?」すると部屋の中から女性の声が聞こえた。「はい、そうです」「どうぞお入り下さい」琢磨はその言葉を聞き、扉を開けた。目に飛び込んできたのは部屋の中央にある長テーブルを挟み、向かい合わせにソファに座る2人の人物だった。右側には初老の女性、左側には……。「あ……お、お前は!」レンの父親と名乗る男は琢磨を見ると一瞬で顔を歪めた。「失礼致します、私は九条琢磨と申します。本日は本田舞さんの付き添いで一緒に参りました」琢磨は平然と挨拶をした。「本田舞です。遅くなりまして申し訳ございません」舞は頭を下げた。「お待ちしておりました。どうぞこちらへお掛け下さい」初老の女性は場所を移動し、琢磨たちの正面の椅子に座ると自分が先ほどまで座っていたソファを示した。「はい、失礼いたします」琢磨はさっそうとソファに向かうと座った。舞もそれに習い、琢磨の隣に座る。その様子をレンの父親は睨み付けるように見ていた。舞と琢磨がソファに座ると、早速男が口を開いた。「あんた一体何者だ? 言っておくがな……俺とレンは実の親子なんだ。息子を引き取りに来て何が悪い?」まるで酒にでも酔っているかのような乱暴な口調に琢磨は眉をしかめた。(何なんだ? この男は……随分乱暴な男だな……)すると舞が負けじと言った。「父親? ふざけないで下さい。貴方はレンちゃんの前でも姉に暴力を振るっていたそうじゃないですか? 子供の前で母親に暴力を振るう……それだってレンちゃん

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   <スピンオフ> 第3章 九条琢磨 14

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